@misc{oai:az.repo.nii.ac.jp:00005421, author = {加藤, 梨沙}, month = {2021-04-05}, note = {【総合緒言】  自閉スペクトラム症 (autism spectrum disorder, ASD) の診断基準には、社会的相互作用の障害と認知行動の柔軟性欠如が挙げられている。しかしその症状はASD当事者間で異質性が高い。ASDの発症には、関連候補遺伝子の変異と、母親の服薬や感染症といった胎生期環境要因とがおよそ50 %ずつ関与しているが、これらの因子は単独でASD発症に関与するだけでなく、多くの場合は複数の遺伝子間および遺伝子と環境因子との相互作用が発症を促進させると言われている。ASDを科学的に理解するためには、関連遺伝子ごとまたは環境因子ごとに細分化してその表現型を評価することが重要であり、このことはASD当事者の個別のニーズに適切に対応する上でも必須だと考えられる。また、ASDの認知能力は、社会生活において困難さを引起すケースが多いが、状況によっては適応的に機能する可能性も考えられる。しかし、これらの観点からの検討は、ヒトでは環境を統制した長期間の表現型追跡が難しく、これまでほとんどない。  ヒトで実証困難な個別的且つ長期的なASDの表現型追跡を実現させるために、本研究ではASD関連遺伝子の1つであるTBX1の変異マウスと、ASDの胎児期環境要因の1つであるバルプロ酸を暴露させたマウスをモデルとして用いた。人為的状況変化であらわれる認知能力を数週間から数ヶ月にわたり評価することで、ASDの行動表現型が出生後の環境条件に応じてどのように変化していくのかを明らかにするとともに、認知能力を向上させるような環境要因を探索することを目的とした。 \n【第1章 遺伝要因ASDモデルマウスにおける社会認知能力の解析】  ASD関連遺伝子の1つであるTbx1の変異マウス (Tbx1 HT) を用い、Tbx1 HTが日常生活で他個体と一緒に過ごす中でお互いに相手の状況に応じてどのように行動を調整してきたかの2個体間関係性が反映される行動を、発達段階ごとに評価した。  実験1では、授乳期のTbx1 HT仔マウスと野生型 (WT) 母マウスの母仔間関係性を、仔の超音波発声に対する母の応答性に基づいて評価した。その結果、Tbx1 HT仔を養育するWT母は、WT仔を養育するWT母に比べて、自分の養育する仔の超音波発声への反応性が低かった。このことから、たとえ聴き慣れたTbx1 HT仔の鳴声であっても、定型とは異なる鳴声が原因となって母仔双方の社会認知能力を介したやり取りが障害されることが示唆された。  実験2では、離乳後幼少期の兄弟間関係性を、社会的条件づけ場所選好 (SCPP) テストで評価した。SCPPテストは、他個体との交流時の記憶が強化されるほど、一緒に過ごした場所を好んで滞在時間が長くなることから、他個体交流の社会的報酬性を評価できる。SCPPテストの結果、Tbx1 HTは相手がWTであってもTbx1 HTであっても、他個体交流の社会的報酬性が低かった。Tbx1 HTは社会認知能力の異常の他にも、空間認知能力の異常によって場所と交流経験との連合記憶が強化されなかった可能性も考えられた。一方WTの場合、相手がWTだと社会的報酬性が高いが、相手がTbx1 HTだと低かった。WT同士では社会的報酬性が高いことから、WTとTbx1 HTとの間では、Tbx1 HTの社会認知能力の異常によって社会的相互作用が障害されていた可能性が考えられた。  実験3では、性成熟後の雌雄性間関係性を、WT発情メスと同居時のTbx1 HTオスの超音波発声と性行動から評価した。その結果、性成熟後のTbx1 HTのオスの超音波発声は、WTオスよりもピッチが高く、callの持続時が短かった。また性行動に費やす時間自体はWTと同等であるものの、性行動の開始がWTよりも遅かった。このことから、性成熟後のTbx1 HTオスとWTメスとのやり取りは、WTの雌雄間のやり取りとは異なることが示された。  実験1から実験3より、Tbx1の変異に起因する社会的相互作用の障害は、授乳期母仔間・幼少期兄弟間・性成熟後の雌雄間で一貫して認められることが明らかとなった。 \n【第2章 胎生期環境要因ASDモデルマウスにおける認知能力の解析】  妊娠中の母マウス (C57BL/6系統) にバルプロ酸 (VPA) を経口投与し、胎生期にVPAに暴露された環境要因のASDモデルマウス (VPAマウス) を用いた。VPAマウスにおいては、成体海馬でのニューロン新生の低下とそれに起因する学習機能の異常が報告されている。さらに、これらの異常は離乳後から身体運動を経験することで正常化することも示されている。これら先行研究より、日常の運動の積み重ねによって、成体期の行動表現型も変化する可能性が考えられた。  そこで実験4では、成体VPAマウスの空間エンリッチメント経験による認知能力の変化を解析した。具体的には、50 cm四方に高さ25 cmの登り棒を120本立てた放飼場で1週間生活させることで、標準的なマウスケージ内よりも運動量を増加させた。この空間エンリッチメント経験の前後で、場所物体認知テスト・スリーチャンバーテスト・強制水泳テストに供し、それぞれからわかる空間認知能力・社会認知能力・ストレス負荷時の対処行動の変化を、通常のC57BL/6マウス (WTマウス) の場合と比較した。空間エンリッチメント時の1週間の行動は自動行動分析システムLive mouse tracker (LMT) を用いて追跡した。また、これまで胎生期VPA曝露モデル動物の表現型の異常はオスにおいて特に頑健に示されていることから、行動表現型の性差についても検討した。  結果として、オスのVPAマウスではエンリッチメントの経験により空間認知能力が向上したが、社会認知能力は向上しなかった。一方、オスのWTマウスではエンリッチメントにより空間認知能力と社会認知能力が共に上昇した。またメスではVPAマウスおよびWTマウス共にエンリッチメントによる空間認知能力の向上が見られなかった。これらのことから、オスでは胎生期VPA曝露によって社会認知能力の可塑性に関わる神経回路形成が阻害されたことが考えられた。また空間認知能力の可塑性に性差があることも示唆された。  ストレス負荷時の対処行動をみる強制水泳時の不動時間は、VPAマウスの方がWTマウスよりも長く、VPAマウスは定型とは異なる行動表現型を示したが、エンリッチメントの経験はこのことに影響しなかった。雌雄の比較では、不動時間はオスがメスよりも長かった。同様の性差は、空間エンリッチメント生活中のLMTでの行動解析でも認められ、VPAマウスおよびWTマウスのどちらにおいてもオスはメスよりも壁際に滞在しがちであった。 実験4から、VPAマウスでも空間エンリッチメントによる日常の運動の積み重ねによって成体期の行動表現型が変化し、空間認知能力が向上することが明らかとなった。しかし、この効果はオスでのみ認められたため、運動によるVPAの成体期表現型可塑性は、性差の影響を受けていることが示唆された。 \n【総合考察】  第1章の遺伝要因のTbx1 HTマウスを用いた解析では、発達を通して社会的相互作用の障害が一貫して見られることが明らかとなった。Tbx1の変異に起因する社会認知能力の障害の程度は、同居相手という出生後環境要因によって変化しないことが示唆された。第2章の胎生期環境要因のVPAマウスを用いた解析では、空間エンリッチメントという出生後環境要因を付加することにより、オスでは社会認知能力は向上しなかったものの、空間認知能力の向上が見られた。このことから、空間エンリッチメントによる日常の運動の積み重ねによって、オスVPAマウスの行動表現型が変化することが示唆された。  本研究からは、出生後の環境条件に応じたASDの行動表現型の可塑性は、社会認知能力よりも空間認知能力を介したもので高いことも示唆された。空間認知能力は状況に応じた行動調整に不可欠な要素であるため、空間認知能力の向上は適応的と考えられる。遺伝要因のTbx1 HTにおいても空間エンリッチメントによる効果がどのようにあらわれるのか今後の調査が待たれる。また、本研究のVPAマウスでは、空間認知能力の可塑的変化とストレス負荷時の対処行動に性差が見られた。今後は遺伝要因と胎生期環境要因に雌雄の性の要素も加えた上で、因子ごとの細分化したASD表現型追跡が行われ、ヒトASDに伏在する個別ニーズに対応することが重要であると考えられる。}, title = {自閉スペクトラム症モデルマウスにおける社会認知能力の解析}, year = {} }