@misc{oai:az.repo.nii.ac.jp:00003843, author = {山﨑, 薫}, month = {2014-04-16, 2014-08-19}, note = {第1章 序論  イヌ(Canis familiaris)は家畜化された最古の動物であり、少なくとも1万4000年の間ヒトと行動を共にし、その間、ヒトの用途に応じて改良、固定された品種は800種以上に及んでいる。  日本で作出された品種の1つである秋田イヌは、飼い主への忠順さ、素朴さから日本だけでなく世界各国で広く愛好されている。特にアメリカでは人気が高く、2003年に、ジャパンケンネルクラブ(JKC)には380頭の秋田イヌが登録されたのに対し、アメリカケンネルクラブ(AKC)には3246頭が登録されている。しかし、現在のアメリカの秋田イヌは日本の秋田イヌとは異なる形質、行動特性を持つようになり、特にその形質の差から、グレートジャパニーズドッグ(アメリカアキタ)として、日本の秋田イヌ(日本アキタ)とは異なる品種に分類されている。両者の行動および遺伝的特性を比較した研究はまだ行われていないため、本論文は両者が分岐した原因と相違点を、歴史的経緯、アンケートを用いた行動特性調査、ドーパミン受容体D4(DRD4)遺伝子多型の分析の3点から考察した。 第2章 秋田イヌの歴史  秋田イヌの原型は中型犬の秋田マタギイヌであり、江戸時代にこの中から闘犬用に大きなイヌ同士を掛け合わせて大型の秋田イヌが作出されたと考えられている。明治時代には土佐闘犬との交配によって新秋田が生み出され、さらに大型化したが、垂れ耳などにより和犬の形質は失われてしまった。しかし、大正から昭和初期の保存運動によって純化が進められ、1931年に秋田イヌは天然記念物として指定された。  第二次世界大戦中、秋田イヌは毛皮として軍に供出させられたが、これを避けるため一部の飼育者は軍用犬のジャーマンシェパードドッグと掛け合わせ、シェパード秋田と呼ばれる系統が生まれた。戦後、秋田イヌの大型化を望む風潮も手伝って、体高60cmを超えるシェパード秋田は人気を博し、特にシェパード秋田の1系統である金剛系は、代表犬の金剛号を始めその直仔が70cm近い体高を誇り、種イヌとして日本全土に広まっていった。しかし、金剛系は黒マスク、顔面の皺など西洋犬に似た風貌に加え、秋田イヌらしからぬ従順さのためすぐ飽きられ、和犬的風貌と凛性を持つ一ノ関系に取って代わられた。  一ノ関系の代表犬である五郎丸号とその直仔は固い体質と凛とした性格により高く評価され、種イヌとして全国に子孫を増やしていった。一ノ関系にも斑紋など毛色の問題があったため、マタギイヌから作出された秋田日系や太平系との交配により、更なる純化が進められた結果、現在の日本の秋田イヌは赤や白の毛色、頬白の素朴な顔立ちなど和犬的形質を取り戻すに至っている。  日本では廃れてしまったが、攻撃性の強い一ノ関系に比べて温和な性質の金剛系は、当時日本に駐留していた米軍兵士たちに好まれ数多くが飼育されていた。彼らが帰国の際には一緒に連れて帰るなどして、多くの金剛系のイヌがアメリカに移出され、その子孫が50年あまりの間繁殖を続け、現在のアメリカの秋田イヌになったと考えられている。1956年にはアメリカに秋田イヌのクラブが設立され、1992年にはJKCとAKCとの間で犬籍登録の国際的な相互承認が実現し、日米間での交配が可能になった。  しかし、この頃には既に両者の間には形質において大きな差が生じていた。アメリカの秋田イヌには、斑紋、目の縁の隈取り、額の皺、頸皮のゆるみ、黒マスク、垂れ尾など現在の日本の秋田イヌでは失格条件となる金剛系の特徴が多く見られ、両者の交雑により第3の品種が生まれる恐れが出てきた。これを避けるため、国際畜犬連盟(FCI)、JKCなどの畜犬団体によって協議が繰り返され、2000年1月より日米の秋田イヌはアメリカアキタ、日本アキタの2品種として別々の基準で審査が行われるようになった。 第3章 日本アキタとアメリカアキタの行動特性  アメリカアキタは秋田イヌとジャーマンシェパードドッグとの交雑によって生まれた歴史的経緯により、形質だけでなく、行動特性も日本アキタとは異なると予測される。そこで、日本アキタとアメリカアキタの行動特性を比較するため、飼い主とイヌとの関係、イヌとイヌとの関係について13項目に基づく5段階評価のアンケート調査を行った。調査は各個体の行動特性を対象に、秋田イヌの飼い主、飼い主の家族および友人、獣医師および動物看護師に依頼し、得られた回答は採集地、登録団体、または血統書に基づき日本アキタとアメリカアキタに分類した。この結果、日本アキタは飼い主123頭例、飼い主の家族および友人29頭例、獣医師および動物看護師21頭例の合計173頭例、アメリカアキタは飼い主121頭例、飼い主の家族および友人30頭例、獣医師および動物看護師26頭例の合計177頭例の回答を得た。分析は品種、採点者の2要因に基づき二元分散分析(ANOVA)を行った。  この結果、アメリカアキタは日本アキタに比べて危険率5%で社会性、社交性、躾易さ、服従性の4項目において有意に高い値を示し、逆に支配性、攻撃性、恐怖症の強さ、子供を咬む傾向、他のイヌへの攻撃性の5項目において有意に低い値を示した。  また、採点者間で支配性、攻撃性、社会性、子供を咬む傾向、領土防衛、他のイヌへの攻撃性の6項目で、危険率5%で有意な差が示され、イヌとの関係によって採点者の評価が異なることが示された。ヒトとイヌとの関係においては、飼い主はヒトへの攻撃性、子供を咬む傾向の2項目で採点者の内で最も低い評価を、社会性で最も高い評価を行い、自分のイヌについて甘い評価を下す傾向が見られた。  調査により、アメリカアキタが日本アキタに比べて、温和で従順であり、飼い主以外のヒトにも懐き易い行動特性を持つことが明らかにされた。両者が異なる行動特性を持つようになった要因については、アメリカアキタの歴史的な背景に加え、アメリカと日本における社会環境や飼育環境の違いが考えられる。  田名部と山﨑(2001)は、ジャーマンシェパードドッグも日本アキタに比べて温和で従順な行動特性を持つことを明らかにし、その結果からアメリカアキタの行動特性との間に高い類似性が見出された。このため、戦時中のジャーマンシェパードドッグとの交雑がアメリカアキタと日本アキタの行動特性の違いを生み出した一因であることが示唆された。 日本では金剛系は廃れたのに対し、アメリカでは受け入れられ、現在に至るまで50年の間、その行動特性がアメリカアキタとして保存されてきた背景には、日米間の歴史的背景や動物観の違いが影響していると推論される。  古来より日本ではイヌは番犬や獣猟犬として用いられ、飼い主への忠順さに加えて、高い領土防衛能力や攻撃性を持つ素朴なイヌが求められてきた。一方欧米では鳥猟犬や牧畜犬として、誰にでも従順でヒトや動物に対して攻撃性の低いヒトと生活しやすい品種が求められてきた。また、アメリカのイヌの避妊、去勢率は日本に比べて高い値を示しており、動物をよりヒトと生活しやすくするために、積極的に管理、改良を行う考え方が支持されていることが示唆された。そのような歴史的背景や動物観の違いが、社会環境や飼育環境の違いを生み出し、両者の行動特性に影響を与えたと考えられる。 第4章 ドーパミン受容体D4(DRD4)遺伝子と行動特性  日本アキタとアメリカアキタの行動特性の差がどのような遺伝的要因に基づくのかを調べるために、両者のDRD4遺伝子を分析した。DRD4遺伝子多型は動物の新奇性、攻撃性に大きな影響を与えていると考えられ、イヌでは9多型が発見され、品種ごとに対立遺伝子頻度に差があることが明らかにされている。しかし、日本アキタとアメリカアキタのDRD4遺伝子の解析は行われていないため、両者からDNAを採取し比較した。  サンプルは、口腔内の粘膜細胞を綿棒で採取し、QIAGENのQIAamp DNA Mini Kit 50を用いてDNAの抽出を行った。アメリカアキタはアメリカのバージニア州、コロラド州、カリフォルニア州在住個体から38個体、日本で飼育されているアメリカアキタ(繁殖地アメリカ)から1個体の合計39個体から採取した。日本アキタは日本の東京都、千葉県、埼玉県、神奈川県、大阪府、愛媛県、鹿児島県在住個体の合計39個体から採取した。これらの内から、日本アキタ20個体、アメリカアキタ20個体でDNAの抽出、PCRでの増幅に成功し、電気泳動によりDRD4遺伝子の多型の同定を行った。  その結果、両者ともにすべてホモの型が示され、対立遺伝子頻度は日本アキタでは447bが95%、486が5%、アメリカアキタでは447bが90%、486、498がそれぞれ5%であり、両者の対立遺伝子頻度に差は見られなかった。  井上ら(2002)およびItoら(2004)では、ジャーマンシェパードドッグのDRD4遺伝子多型の対立遺伝子頻度は日本アキタとは異なる値を示した。しかし、本研究においてアメリカアキタと日本アキタの間に差が示されなかったため、ジャーマンシェパードドッグとの交雑はアメリカアキタに遺伝的変化を引き起こさなかったと考えられる。また、498は本研究ではアメリカアキタからのみ検出されたが、井上ら(2002)およびItoら(2004)では日本アキタから高い頻度で検出されており、アメリカアキタ独自のものであるとの考えは否定される。  井上ら(2002)およびItoら(2004)では日本アキタから5多型が見出されたのに対し、本研究では日本アキタからは2多型が見出され,多型の種類に違いが見られた。本研究での日本アキタからの採取場所は井上ら(2002)とは異なっており、DRD4遺伝子多型とその対立遺伝子頻度に地域的な差が存在する可能性が示唆された。  2品種間でDRD4遺伝子多型に差が認められなかったにも関わらず、両者の行動特性に明確な違いが見られたため、DRD4遺伝子多型以外の遺伝的要因が行動特性の形成に影響を与えていることが示唆された。また、幼犬時の飼育環境がイヌの行動特性、特にヒトとの関係に影響を及ぼすことが明らかにされていることからも、社会環境や飼育環境の違いが行動特性の違いの一因であると考えられる。 第5章 総合考察および結論  本研究での歴史学的、行動学的、遺伝学的解析により、日本アキタとアメリカアキタについて次のことが明らかにされた。  アメリカアキタは、戦時中のジャーマンシェパードドッグとの交雑によって生まれたシェパード秋田が原型となり、アメリカに輸出され繁殖を繰り返した結果、黒マスク、斑紋、垂れ尾、顔面の皺など日本アキタとは異なる形質を持つようになったため、2つの品種に分割された。  アメリカアキタが生まれた歴史的背景から、両者は形質だけでなく行動特性においても異なると予測されたため、13の行動特性項目を用いたアンケート調査を行った結果、社会性、社交性、躾易さ、服従性、支配性、攻撃性、恐怖症の強さ、子供を咬む傾向、他のイヌへの攻撃性の9つの行動特性項目において明確に異なることが示され、アメリカアキタは日本アキタに比べてより温和で従順な性質を持つことが明らかにされた。  両者の行動特性の違いの遺伝的要因を調べるため、DRD4遺伝子多型を分析した結果、アメリカアキタ独自の多型は見出されず、両者の対立遺伝子頻度に差は見られなかった。このため、日米間の歴史的背景や動物観の違いに基づく社会環境や飼育環境の違いが、両者の行動特性の形成に大きな影響を与えていることが示唆された。  アメリカアキタの歴史はわずか50年であるため、現在ではまだ遺伝的な差は見られないが、更に長い年月が経過すれば、遺伝的な差が生まれてくる可能性も考えられる。そのような時、日本アキタとアメリカアキタの行動特性、遺伝的差異を比較した最初の調査である本研究は、今後の研究の基礎になりうる。  また、本研究により1つの品種が2つに分岐され、新たな品種として固定される過程においてそれぞれの国の文化や国民性が大きく関わっていることが示唆された。}, title = {秋田イヌの人文および自然科学的解析 : 日本アキタとアメリカアキタの違いからわかること}, year = {} }