@misc{oai:az.repo.nii.ac.jp:00003137, author = {杉山, 和寿}, month = {2013-06-20, 2014-08-19, 2013-01-29}, note = {Chaetomium globosumは、環境中に広く分布する常在真菌(糸状菌)の一種であり、最近は、新興真菌感染症の原因真菌の一つであると考えられている。ヒトにおいては、一般に爪、皮膚などの表在部位へ感染して重篤な皮膚炎症状を引き起こすことが知られており、水晶体への感染も報告されている。また、免疫不全のヒトでは肺及び脳などの深部組織への感染も確認されており、死に至る場合もあるといわれている。一方、ヒトと接触することの多いイヌにおいて本菌種は、被毛の常在菌叢に属するとの報告があるものの、皮膚病変から本菌種が分離されたという報告はこれまで知られていない。  今回、著者は脱毛と紅斑の皮膚炎症状を呈し来院したイヌから本菌種の分離に初めて成功した。本症例では、病変部位より本菌種が繰り返し分離できたことから、C. globosumが感染したことによる皮膚疾患と考えられた。ヒトとイヌにおける本菌種の関連や環境株との相違は明らかでない。しかし、C. globosumはヒトに感染すると深部真菌症の原因菌と成り得ることから、本菌種の遺伝的相違による感染性や病原性の有無を明らかにすることは人獣共通感染症の観点からも重要と考えられる。  そこで、本症例から得られたC. globosumの分子系統遺伝学的特徴を明らかにするため、これまでに主に環境から分離され千葉大学真菌医学研究センターに寄託されたC. globosum17株とのDNAレベルでの比較を行った。  また、本菌種の培養初期の形態は愛玩動物の皮膚糸状菌原因菌の9割以上を占めるMicrosporum canisと鑑別がつかないことから、本菌種の皮膚での蔓延状態を調査することが必要である。さらに、本菌種の感染は重篤な深部真菌症になる危険性が示唆されていることから、迅速診断法の開発は前述のM. canisとの鑑別もふまえて急務である。しかし、一般に糸状菌を形態学的に同定するためには胞子の確認が必要であり、特徴的な構造物を観察して同定するために、本菌種ではポテトデキストロース寒天(PDA)培地での培養により4週間を要する。  そこで、実際の臨床材料におけるC. globosum感染のPCRによる迅速な診断法の開発を試みるとともに、イヌやネコなどの愛玩動物に対して表在性皮膚感染症を引き起こす頻度が高く、形態的に本菌種との鑑別が難しい糸状菌であるM. canisとの迅速な鑑別診断法について検討した。 第1章 皮膚炎症状を呈するイヌからのChaetomium globosumの分離と同定 1)臨床経過  症例は、雑種犬、4カ月齢、雄、体温38.5℃で散歩による外出以外は室内飼育されており、混合ワクチン、狂犬病予防接種などの一般的疾病予防は通常通り行われていた。飼育者は、患犬と一緒に寝るなど非常に接触頻度の高い状況であった。初診の約10日前より左眼下から頬部にかけての脱毛、発赤が見られ、軽度の掻痒があり徐々に病変部が拡大してきたとの主訴で来院した。 (1)初診時、頭部から尾根部まで分布する落屑を伴った脱毛が認められた。特に左眼下部病変では、直径約7cmの脱毛、発赤及び皮膚の肥厚が顕著であった。落屑の直接鏡検で有隔性菌糸と思われる構造物が認められ、ウッド燈検査では判定不能であり、3日間のサブロー平板寒天(SDA)培地培養で、中心部が灰白色で全体的にはやや黄色を帯びた白色綿毛状集落の形成が見られた。真菌感染症と仮診断しケトコナゾール(KCZ)の外用を処方した。PDA培地での室温約4週間の培養で、深緑色の集落が認められた。顕微鏡下では縮毛を伴った黒色の子嚢殻が観察され、子嚢殻及び内部の子嚢胞子の形態からChaetomium属菌と推定した。 (2)3週間後には初診時よりも病変の発赤及び肥厚は軽快傾向にあった。しかし、掻痒、落屑は継続しており、病変部の拡大及び増加傾向がみられた。落屑を直接鏡検すると菌糸が観察され、ウッド燈検査は判定不明であった。また、落屑の培養検査では、SDAにおいて初診時と同様のコロニー形成が認められた。そこで、外用剤による局所治療を続行するとともに既報における本菌種に対する抗真菌剤の感受性試験結果からKCZの内服投与を併用した。また、本菌の同定後、飼育者にはズーノーシスの観点から飼育方法の改善を指示した。 (3)9週間後には病変部は軽快し、発毛も認められた。また、病変部皮膚の直接鏡検で菌糸が観察されなくなり、ウッド燈検査陰性、培養検査も陰転した。 (4)12週間後に外用及び内服薬を中止したが、その後の再発及び再感染は認められなかった。 2)形態学的同定  初診時分離株をSDA及びPDA平板培地中央に接種し、25℃、37℃及び42℃で4週間培養した。両培地接種後いずれの培養温度においても、十分な真菌増殖が見られた。また、顕微鏡下ではSDAにおける集落は白色菌糸を認めるのみであったが、PDAにおける集落では、スラント培養同様に子嚢殻を認めた。そこで、PDA平板培地培養物を掻き取り、鏡検すると、子嚢殻内部は8個の子嚢胞子を包含する子嚢で満たされていた。成熟した子嚢胞子は褐色で、直径は10-12μmで両端が平板化したレモン型、その一端には出芽孔を持つ構造であった。これらの形態学的特徴により本菌をC. globosumと同定した。 3)分子生物学的同定  初回分離株のPDAスラントを用い、25℃で2週間培養したものから常法によりDNAを抽出し、リボゾーム大サブユニットRNA遺伝子のD1/D2領域における約640塩基の塩基配列を解析した。既知真菌の塩基配列との相同性に基づいて分子系統樹を作成したところ、本症例株は既知のC. globosumと同じクラスターに分類され、本分離株は分子生物学的にもC. globosumと同定された。 4)抗真菌剤に対する感受性  培養により子嚢胞子を形成させた状態で、本分離菌株に対する抗真菌剤の最小発育阻止濃度(MIC)をNCCLS-38Aに従い判定した。適当な濃度に調製した子嚢胞子に段階希釈した抗真菌剤を加え、30℃にて好気的条件で48時間培養したのち、目視で判定した。その結果、アムホテリシンB(AMCB);4.0μg/ml、KCZ;0.25μg/ml、イトラコナゾール(ITZ);0.5μg/ml、ミコナゾール(MCZ);1.0μg/ml、ミカファンキン;16.0μg/ml以上、フルコナゾール;16.0μg/ml、5-フルオロシトシン;64.0μg/mlとなり、これは、ヒト患者から得られた菌株に対する既報のMICの結果とほぼ一致していた。 第2章 イヌ由来Chaetomium globosumの分子生物学的特徴  第1章での症例株と千葉大学真菌医学研究センターより入手したC. globosum17株のDNAを用いてβチューブリン遺伝子領域の一部のPCR増幅産物の塩基配列を比較した。C. globosum18株は、β-チューブリン遺伝子領域の塩基配列の相違により2つのDNA型(A型とB型)に分類できた。また、FM1-PCRのDNAバンドパターンによっても、2つのグループ分け(Y型とZ型)が可能であった。これらのDNA型分類からイヌ由来本症例株はB-Z型と分類された。本症例株のDNA型は、本症例株を分離して約2年後に千葉県においてイヌの皮膚から分離された株と同一であった。また、ブラジル由来株や国内の環境(土壌)由来株のDNA型とも一致していた。このように、C. globosumのDNA型は真菌の由来、分離した時期や地域に関連性は認められず、今回のDNA型分類ではイヌ皮膚炎由来本症例株の特異性は認められなかった。  また、18株のC. globosumすべてについてリボゾームRNA遺伝子におけるITS1-5、8S-ITS2領域及びD1/D2領域の塩基配列を比較解析したが、イヌ皮膚炎由来本症例株のみを特徴付ける配列多型は認められなかった。従って、本症例株は、既知のC. globosumと遺伝的に明確に区別されなかった。 第3章 Chaetomium globosumとMicrosporum canisとの迅速鑑別診断法の開発  イヌやネコに皮膚炎を起こす真菌症の主要な原因菌としてM. canisが知られている。C. globosumとM. canisのDNAを鋳型として、8種類のプライマーを用いてRAPD-PCRを行ったところ、C. globosumとM. canisのそれぞれに特徴的な増幅断片が検出できた。これらの増幅断片をクローニングし、塩基配列を決定し、それぞれの断片を特異的に増幅するプライマーを設定した。設定したこれらのプライマーセットを用いて、千葉大学真菌医学研究センターより入手した17株のC. globosumと58株のM. canisのDNAを鋳型としてPCRを行い、菌種特異的な増幅ができることを確認した。さらに、これらの菌種を同時に検出できるマルチプレックスPCR法を確立した。  この手法を用いて、皮膚炎症状の認められた23頭(イヌ20頭、ネコ2頭、ウサギ1頭)の臨床材料(落屑等)を分析したところ、C. globosumはいずれにも検出されなかったが、イヌ、ネコ、ウサギの各1頭においてM. canisが検出された。これらのうち、イヌとネコ個体由来の真菌は、培養による形態学的観察からもM. canisと確認された。このように、落屑等の臨床材料から、長期間培養する必要がなく、短時間で検出・診断できる本PCR技術は、臨床への応用へ有効であると考えられた。なお、皮膚症状のないイヌ8頭から採取した角質に由来する真菌のDNAを本PCR技術により分析したところ、C. globosum及びM. canisはいずれも検出されなかった。  以上、本研究により、皮膚病の原因と考えられる真菌としてイヌから初めてC. globosumを分離し、その遺伝的特徴を調べるとともに、迅速で臨床応用可能な検出方法を開発した。C. globosumは環境中に広く分布し、わが国でも土壌からの分離が報告されているが、本症例の感染経路は明らかでない。今回のイヌ由来C. globosumと既知のC. globosumとの間で、一部のDNA領域を比較した限りでは明確な相違は認められなかった。この結果より、いずれのC. globosumもヒトと動物の共通の病原体となる危険性が示唆された。さらに、本菌種は、SDAにおいて非常に急速にコロニー形成を行うという特徴を持っていたが、発育初期の形態はM. canisに酷似しており、過去に分生子形成の悪いM. canisによる皮膚糸状菌症と診断されている症例に本菌種による感染例が存在していた可能性もある。また、PDAを用いた場合でも分生子形成までに約4週間を要するため、院内検査において形態学的な同定により診断を行うことは困難である。したがって、本研究で開発したPCR技術は、C. globosumとM. canisとの迅速な鑑別及びイヌの皮膚病変における真菌感染の簡易スクリーニング系として臨床応用が期待される。}, title = {イヌ由来Chaetomium globosumの臨床学的及び分子生物学的特徴に関する研究}, year = {} }