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獣医学領域における低体温麻酔法に関する報告例は少なく、本邦においては、わずかに黒川ら(1964)が犬の心臓手術に対して低体温麻酔の応用を試みた報告がみられる。そのなかで、犬においては、体温が25℃以下の低体温麻酔による心臓手術は不可能に近いとされ、臨床的に行ないうる血行遮断下の心臓手術は、体温30℃前後の低体温下で6分間前後が限界であると報告されている。その後、現在までほぼ10年を経過したが、わが国の獣医界においては犬の低体温麻酔法に関する研究業績はみられていない。また、海外における報告をみても、軽度低体温麻酔法により血行遮断下で10~20分間の開心手術に成功した報告例はみられるが、20℃前後の超低体温麻酔下で長時間の開心手術に成功した臨床例はみられていない。このように、獣医学領域において長時間の完全血行遮断による開心手術が不成功に終っている理由は、動物独自の低体温麻酔法に関する基礎的な研究が不十分であること、および、Virtueらの低体温理論が中心であり、冷却中における生体の管理を軽視していることなどがその大きな原因をなしていると考えられる。\n とくに近年、小動物臨床においては、外科的治療を必要とする心疾患の報告例が増加し、それにともなって、それらに対する外科的治療の要求度も増大する傾向にある。一方では、心疾患に関する実験外科の領域においでも、長時間にわたる開心術の必要性が急速にたかまっている。このような観点から、犬における低体温麻酔法の確立は、獣医臨床ならびに実験外科学において極めて重要であると思考される。\n そこで著者は、1時間前後の完全血行遮断および開心術を可能とする犬の低体温麻酔法を確立する目的で、雑種成犬56例を使用し、その基礎的な研究を実施した。その結果、体温21℃のレベルで1時間にわたる低体温状態を安全に確保することができ、その間に40分間前後の完全血行遮断,左右心房開心術,ならびに、右心室開心術が可能である犬の低体温麻酔法および冠灌流心蘇生法を確立することができた。本研究の概要は、つぎのとうりである。\n 第1章の第1実験では、対照群としてpentobarbital sodium単味で全身麻酔を行なった実験犬を氷水槽で冷却し、体温を21℃まで降下させ、単純な冷却のみを行なった場合の生体の変化について観察した。その結果、全例で食道温(以下E.T.)21~20℃まで冷却された時点で、心室細動あるいは心停止に陥いり、黒川らが示唆したとうり、犬の体温を25℃以下に降下させることの危険性が確認された。そして、体温の降下により死にいたるまでの生体の変化を観察してみるとつぎのとうりであった。\n 体温が38℃から35℃に降下した冷却の初期においては、大腿動脈圧・心拍数・PaO_2の上昇,shiveringが認められ、寒冷侵襲に対する生体の防禦反応と思われる代謝の亢進,産熱現象の発現が観察された。ついで、体温が25℃まで降下した冷却中期においては、寒冷に対する生体の防禦反応も抑制され、体温の降下に比例して生体の諸機能も減少する比較的安定した経過が観察された。ついで、さらに体温が降下し23~21℃にいたると、生体は循環器・呼吸器系ともに虚脱状態に陥いり、心拍数および動脈圧が極度に低下し、静脈系のうっ滞,anoxia,代謝性acidosis,血中炭酸ガスの蓄積,血液濃縮等が観察され、ついには、心室細動・心停止に移行して全例が死亡した。\n このような実験成績から、単純な冷却を行なった場合に生ずる異常反応として、shiveringによる組織代謝の亢進,PO_2の減少,PCO_2の増加,Acidosis,血液濃縮,中心静脈圧の上昇,心室細動の発生が考えられた。\n そこで、第1章の第2実験においては、単純な冷却によって発現する生体の異常反応に対して、これを抑制する各種の補正方法を検討し、これを適用して第1実験と同様の冷却実験を試みた。補正方法の概要は、つぎのとうりである。\n 1. 第1実験でみられた冷却初期の心拍数,大腿静脈圧の上昇は、寒冷刺激に対する交感神経系の過度な緊張によるものと考がえ、それらの反応を抑制する目的で、前投薬としてHydroxyzine hydrochloride,Triflupromazine hydrochlorideを投与した。\n 2. 冷却初期のshiveringを抑制し、心筋の被刺激性に関与するcatecholamineの分泌を最少限に抑制する目的で、etherによる深麻酔の状態で冷却を実施した。\n 3. 冷却中にみられる血液濃縮を是正し、末梢循環を改善する目的で、低分子デキストランにより冷却中の血液希釈を行なった。\n 4. 冷却中にみられるHypercapnia等に対し、人為的にventirationを実施してPCO_2のレベルを20~40mmHgに保つようにした。\n 5. 冷却後期にみられた重度の代謝性acidosisに対し、「0.23×B.E.(mEq/l)×B.W.(kg.)=7% Sodium bicarbonate ml」の式を用いてこれを補正した。\n 6. 寒冷刺激が加わることによって生じると予想される、下垂体-副腎皮質系の疲弊に対し、Hydrocortisone sodium succinateを投与した。\n このような補正法を講じて、第1実験の場合と同様な冷却実験を行なった結果、第1実験で観察された生体の異常反応は観察されず、体温の降下に比例しで生体の各機能も抑制され、極めて安定した冷却過程が観察された。そして、体温が21℃に達した時点で冷却を中止し、その後、1時間にわたり常温下に放置したのち復温を行なったが、全例が比較的安定した状態で回復した。このことから、上述の補正法を加えることによってE.T.20~21℃レベルでの1時間にわたる低体温状態が安全に確保されることがわかった。\n 第2章以後においては、第1章で検討した低体温麻酔法の安全性をさらに追求すると同時に、心臓外科領域への応用性を検討する目的で、6種の実験を試ろみた。また、低体温麻酔法に併用する心蘇生法についても、あわせて検討を加えた。\n 第2章における第1実験として、さきに検討した補正法を適用して低体温麻酔を行ない、E.T.23℃まで降下させ、その時点において開胸手術および約40分間の完全血行遮断ならびに心停止を行なった。その結果、血行遮断を解除したのちにおいて、完全な心蘇生が得られなかったことから、血行遮断解除後における心蘇生法についても検討を加える必要があると考えられた。そこで、第2実験として、酸素加血液の冠灌流心蘇生法をあらたに考案し、第1実験と同様の実験を試みた。その結果、E.T.21℃レベルの低体温状態において、38.2±4.7分間の完全血行遮断後においても冠灌流心蘇生法を適用した場合、全例で心拍動が再開し、復温することによって意識の回復がみられた。この場合、低体温下における長時間の血行遮断による影響として、動静脈血酸素分圧較差(A-V O_2 difference)の増大が認められたが、心機能および血行動態には著明な変化は認められなかった。\n 第3章,第4章においては、E.T.21℃レベルの低体温麻酔下において、各種の開心術を実施し、その可能性および長時間にわたる開心術の影響について検討を加えた。\n 心房の開心術については、右心房切開術後に中心静脈圧の上昇が観察されたが、刺激伝導障害等は観察されず、復温の段階では、大腿動脈圧,心拍数,心電図,血液ガスの安定した回復過程が観察された。\n 左心房開心術では、開心操作にともない、5例中3例に冠動脈のair embolismがみられ、復温過程の初期において大腿動脈圧の有意の減少が観察されたが、復温過程が進行し体温が回復すると、air embolismの影響も消退し、右心房開心術の例と同様に大腿動脈圧,心拍数,心電図,血液ガス諸量は実験前値に復帰する傾向を示した。\n 第4章で行なった右心室開心術の実験では、約40分間の右心室縦切開術および横切開術を行なった場合においても、全例で心拍動の再開がみられ、術後の脳機能障害,心臓刺激伝導障害の発現は認められず、3ヵ月以上にわたる長期生存例が得られた。また、右心室の横切開法と縦切開法において、心機能および循環機能に差異は認められず、低体温麻酔法と冠灌流心蘇生法を併用することにより、安全に開心術を実施できることが確認された。", "subitem_description_type": 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犬の低体温麻酔法に関する研究
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Item type | 学位論文 / Thesis or Dissertation(1) | |||||
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公開日 | 2013-01-22 | |||||
タイトル | ||||||
タイトル | 犬の低体温麻酔法に関する研究 | |||||
言語 | ||||||
言語 | jpn | |||||
資源タイプ | ||||||
資源タイプ | thesis | |||||
著者 |
信田, 卓男
× 信田, 卓男 |
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抄録 | ||||||
内容記述 | 低体温麻酔法の意義は、体温の降下にともなって生ずる組織代謝と酸素消費量の抑制を外科手術に応用し、常温の生体では生理学的に実施することが不可能な外科手術を可能にするところにある。したがって、常温では許容血行遮断時間が3分前後であるとされている脳の手術あるいは、長時間の血行遮断と心拍動の静止状態が要求される心臓外科の領域・とくに開心手術では、低体温麻酔法の応用が極めて有意義である。 獣医学領域における低体温麻酔法に関する報告例は少なく、本邦においては、わずかに黒川ら(1964)が犬の心臓手術に対して低体温麻酔の応用を試みた報告がみられる。そのなかで、犬においては、体温が25℃以下の低体温麻酔による心臓手術は不可能に近いとされ、臨床的に行ないうる血行遮断下の心臓手術は、体温30℃前後の低体温下で6分間前後が限界であると報告されている。その後、現在までほぼ10年を経過したが、わが国の獣医界においては犬の低体温麻酔法に関する研究業績はみられていない。また、海外における報告をみても、軽度低体温麻酔法により血行遮断下で10~20分間の開心手術に成功した報告例はみられるが、20℃前後の超低体温麻酔下で長時間の開心手術に成功した臨床例はみられていない。このように、獣医学領域において長時間の完全血行遮断による開心手術が不成功に終っている理由は、動物独自の低体温麻酔法に関する基礎的な研究が不十分であること、および、Virtueらの低体温理論が中心であり、冷却中における生体の管理を軽視していることなどがその大きな原因をなしていると考えられる。 とくに近年、小動物臨床においては、外科的治療を必要とする心疾患の報告例が増加し、それにともなって、それらに対する外科的治療の要求度も増大する傾向にある。一方では、心疾患に関する実験外科の領域においでも、長時間にわたる開心術の必要性が急速にたかまっている。このような観点から、犬における低体温麻酔法の確立は、獣医臨床ならびに実験外科学において極めて重要であると思考される。 そこで著者は、1時間前後の完全血行遮断および開心術を可能とする犬の低体温麻酔法を確立する目的で、雑種成犬56例を使用し、その基礎的な研究を実施した。その結果、体温21℃のレベルで1時間にわたる低体温状態を安全に確保することができ、その間に40分間前後の完全血行遮断,左右心房開心術,ならびに、右心室開心術が可能である犬の低体温麻酔法および冠灌流心蘇生法を確立することができた。本研究の概要は、つぎのとうりである。 第1章の第1実験では、対照群としてpentobarbital sodium単味で全身麻酔を行なった実験犬を氷水槽で冷却し、体温を21℃まで降下させ、単純な冷却のみを行なった場合の生体の変化について観察した。その結果、全例で食道温(以下E.T.)21~20℃まで冷却された時点で、心室細動あるいは心停止に陥いり、黒川らが示唆したとうり、犬の体温を25℃以下に降下させることの危険性が確認された。そして、体温の降下により死にいたるまでの生体の変化を観察してみるとつぎのとうりであった。 体温が38℃から35℃に降下した冷却の初期においては、大腿動脈圧・心拍数・PaO_2の上昇,shiveringが認められ、寒冷侵襲に対する生体の防禦反応と思われる代謝の亢進,産熱現象の発現が観察された。ついで、体温が25℃まで降下した冷却中期においては、寒冷に対する生体の防禦反応も抑制され、体温の降下に比例して生体の諸機能も減少する比較的安定した経過が観察された。ついで、さらに体温が降下し23~21℃にいたると、生体は循環器・呼吸器系ともに虚脱状態に陥いり、心拍数および動脈圧が極度に低下し、静脈系のうっ滞,anoxia,代謝性acidosis,血中炭酸ガスの蓄積,血液濃縮等が観察され、ついには、心室細動・心停止に移行して全例が死亡した。 このような実験成績から、単純な冷却を行なった場合に生ずる異常反応として、shiveringによる組織代謝の亢進,PO_2の減少,PCO_2の増加,Acidosis,血液濃縮,中心静脈圧の上昇,心室細動の発生が考えられた。 そこで、第1章の第2実験においては、単純な冷却によって発現する生体の異常反応に対して、これを抑制する各種の補正方法を検討し、これを適用して第1実験と同様の冷却実験を試みた。補正方法の概要は、つぎのとうりである。 1. 第1実験でみられた冷却初期の心拍数,大腿静脈圧の上昇は、寒冷刺激に対する交感神経系の過度な緊張によるものと考がえ、それらの反応を抑制する目的で、前投薬としてHydroxyzine hydrochloride,Triflupromazine hydrochlorideを投与した。 2. 冷却初期のshiveringを抑制し、心筋の被刺激性に関与するcatecholamineの分泌を最少限に抑制する目的で、etherによる深麻酔の状態で冷却を実施した。 3. 冷却中にみられる血液濃縮を是正し、末梢循環を改善する目的で、低分子デキストランにより冷却中の血液希釈を行なった。 4. 冷却中にみられるHypercapnia等に対し、人為的にventirationを実施してPCO_2のレベルを20~40mmHgに保つようにした。 5. 冷却後期にみられた重度の代謝性acidosisに対し、「0.23×B.E.(mEq/l)×B.W.(kg.)=7% Sodium bicarbonate ml」の式を用いてこれを補正した。 6. 寒冷刺激が加わることによって生じると予想される、下垂体-副腎皮質系の疲弊に対し、Hydrocortisone sodium succinateを投与した。 このような補正法を講じて、第1実験の場合と同様な冷却実験を行なった結果、第1実験で観察された生体の異常反応は観察されず、体温の降下に比例しで生体の各機能も抑制され、極めて安定した冷却過程が観察された。そして、体温が21℃に達した時点で冷却を中止し、その後、1時間にわたり常温下に放置したのち復温を行なったが、全例が比較的安定した状態で回復した。このことから、上述の補正法を加えることによってE.T.20~21℃レベルでの1時間にわたる低体温状態が安全に確保されることがわかった。 第2章以後においては、第1章で検討した低体温麻酔法の安全性をさらに追求すると同時に、心臓外科領域への応用性を検討する目的で、6種の実験を試ろみた。また、低体温麻酔法に併用する心蘇生法についても、あわせて検討を加えた。 第2章における第1実験として、さきに検討した補正法を適用して低体温麻酔を行ない、E.T.23℃まで降下させ、その時点において開胸手術および約40分間の完全血行遮断ならびに心停止を行なった。その結果、血行遮断を解除したのちにおいて、完全な心蘇生が得られなかったことから、血行遮断解除後における心蘇生法についても検討を加える必要があると考えられた。そこで、第2実験として、酸素加血液の冠灌流心蘇生法をあらたに考案し、第1実験と同様の実験を試みた。その結果、E.T.21℃レベルの低体温状態において、38.2±4.7分間の完全血行遮断後においても冠灌流心蘇生法を適用した場合、全例で心拍動が再開し、復温することによって意識の回復がみられた。この場合、低体温下における長時間の血行遮断による影響として、動静脈血酸素分圧較差(A-V O_2 difference)の増大が認められたが、心機能および血行動態には著明な変化は認められなかった。 第3章,第4章においては、E.T.21℃レベルの低体温麻酔下において、各種の開心術を実施し、その可能性および長時間にわたる開心術の影響について検討を加えた。 心房の開心術については、右心房切開術後に中心静脈圧の上昇が観察されたが、刺激伝導障害等は観察されず、復温の段階では、大腿動脈圧,心拍数,心電図,血液ガスの安定した回復過程が観察された。 左心房開心術では、開心操作にともない、5例中3例に冠動脈のair embolismがみられ、復温過程の初期において大腿動脈圧の有意の減少が観察されたが、復温過程が進行し体温が回復すると、air embolismの影響も消退し、右心房開心術の例と同様に大腿動脈圧,心拍数,心電図,血液ガス諸量は実験前値に復帰する傾向を示した。 第4章で行なった右心室開心術の実験では、約40分間の右心室縦切開術および横切開術を行なった場合においても、全例で心拍動の再開がみられ、術後の脳機能障害,心臓刺激伝導障害の発現は認められず、3ヵ月以上にわたる長期生存例が得られた。また、右心室の横切開法と縦切開法において、心機能および循環機能に差異は認められず、低体温麻酔法と冠灌流心蘇生法を併用することにより、安全に開心術を実施できることが確認された。 |
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学位名 | ||||||
学位名 | 獣医学博士 | |||||
学位授与機関 | ||||||
学位授与機関名 | 麻布大学 | |||||
学位授与年月日 | ||||||
学位授与年月日 | 1978-03-13 | |||||
学位授与番号 | ||||||
学位授与番号 | 甲第 19号 | |||||
著者版フラグ | ||||||
出版タイプ | AM | |||||
出版タイプResource | http://purl.org/coar/version/c_ab4af688f83e57aa |